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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)215号 判決 1983年12月26日

原告

チツソ旭肥料株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年6月30日に同庁昭和52年審判第13427号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、主文同旨の判決を求めた。

2  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年3月29日、名称を「緩効性窒素入り肥料の肥効調節法」(後に「難溶性緩効性窒素肥料の粒子を被覆成形してなる複合肥料」と補正)とする発明につき、特許出願(昭和47年特許願第30690号)した(以下この出願にかかる発明を「本願発明」という。)が、昭和52年8月15日拒絶査定を受けたので、同年10月20日これに対する審判を請求したところ、特許庁は、これを同庁同年審判第13427号事件として審理した上、昭和56年6月30日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年8月1日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

20メツシユより大きい難溶性緩効性窒素肥料の粒子を核とし、そのまわりに水溶性速効性肥料成分を被覆成形してなる複合肥料

3  審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のところにあると認める。

これに対して、本願発明の特許出願前日本国内において頒布された「最新土壌・肥料・植物栄養事典」第243ないし第246頁(三井進午監修、博友社昭和45年11月1日発行。以下「引用例1」という。)には、緩効性窒素肥料について、「難溶性物質は一般に肥効は緩効的であるが、粉末状では分解が早すぎる。土壌中で安定な粒状品とすることによつて、肥効を大幅に調節することができる。」という記載があり、また、ウレアホルム、IBすなわち尿素とイソブチルアルデヒドとの縮合物及びCDUすなわち尿素とアセトアルデヒドとの縮合物について、造粒効果があることあるいは造粒による肥効調節効果が大きいことが記載され、さらに加水分解型の緩効性窒素肥料は粒径による肥効調節がしやすい旨の記載がある。同じく特公昭44―16330号公報(以下「引用例2」という。)には、イソブチルアルデヒドと尿素との反応生成物からなる緩効性窒素肥料の粒状物(径2.4~2.8mm)をパラフイン及びポリエチレンの混合物で被覆した粒状肥料が記載され、また、同じく特公昭39―25317号公報(以下「引用例3」という。)には、粒状複合肥料の粒子表面を微粉末状のく溶性微量肥効成分によつて被覆した粒状肥料が記載されている。

そこで、本願発明を引用例1に記載の技術内容と比較すると、両者は肥効を調節する目的で難溶性緩効性窒素肥料を粒子の形態にする点において一致し、前者は(1)難溶性緩効性窒素肥料の粒子の表面を水溶性速効性肥料成分で被覆した複合肥料であること及び(2)難溶性緩効性窒素肥料の粒子の大きさが20メツシユより大きいものとしたことの2点において、これらについて記載のない後者と相違する。

そこで、これらの相違点について検討するに、従来、難溶性緩効性窒素肥料を複合肥料として使用する場合には、その微粉末を速効性肥料成分の微粉末と混合して造粒していたものであることは明細書に記載のとおりであるところ、引用例3には、前記のように粒状肥料の粒子表面を、それとは種類の異なる肥効成分によつて被覆した二層構造の粒状肥料が記載されているから、本願発明において、難溶性緩効性窒素肥料と水溶性速効性肥料とよりなる粒状複合肥料を得るにさいし、引用例1に記載の難溶性緩効性窒素肥料の粒状物についてそれを核とし、その表面をそれとは種類の異なる水溶性速効性肥料成分によつて被覆することは、当業者ならば容易になしうることである。

そしてそのさいに、難溶性緩効性窒素肥料の粒子の大きさについても、引用例2には、パラフイン及びポリエチレンの混合物で被覆したものについてではあるが、20メツシユ以上の大きさである2.4~2.8mmの粒子径をもつ難溶性緩効性窒素肥料粒状物が記載されており、20メツシユ以上の大きさは粒状肥料としては普通に用いられる粒子径であるものと認められるから、本願発明において難溶性緩効性窒素肥料の粒子の大きさを20メツシユ以上に設定することは当業者ならば適宜なしうることといわなければならない。

そして、本願発明の奏する効果も格別顕著なものとは認められない。

以上のとおりであるから、本願発明は、前記各引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4、審決を取り消すべき事由

審決は、後記のとおり、各引用例と本願発明との技術内容の相違を看過してこれらの引用例を不当に引用し、また、本願発明の顕著な作用効果を看過した結果、本願発明が各引用例から容易に発明することができたものと誤断したものであるから、違法としてこれを取り消すべきものである。

1 各引用例と本願発明との技術内容の相違点の看過

(1)  引用例1について。

引用例1の第243頁右欄には、緩効性窒素肥料の特性として、土壌中で安定な粒状品とすることによつて肥効を大幅に調節できる、と単純に記載されているが、本願発明における後記2の(1)に示すような調節について参考になるようなことは全く記載されていない。

被告は、引用例1の引用の目的が、「肥効を調節する目的で難溶性緩効性窒素肥料を粒子の形態にすることは本願発明の特許出願前にすでに公知であつた。」ことを示すためであつたから、引用は不当ではないと主張する。しかし、引用例1は、単一成分の肥料の緩効性窒素肥料にのみ関するから緩効性窒素肥料を含んでいても複合肥料である本願発明には妥当しえない。

さらに、引用例1には、緩効性窒素肥料をいかにして安定な粒状品とするか、及びどのような粒径にすればどのような肥効が調節されうるか、について何も記載されていない。その上、引用例1には、複合肥料の核として緩効性窒素肥料の粒子を使用するという技術思想の着想を容易にする何ものもない。引用例1が明らかにしている事実は、肥料に限らず一般に固体物質は小塊よりも大塊の方が溶解に長時間を要するという程度の単純なものである。以上のように単一成分の肥料の肥効調節と複合肥料の肥効調節とを同一視した引用例1の引用が不当であることは、被告の主張にかかわらず明白である。

(2)  引用例について。

引用例2は、石油ワツクスと低分子量ポリエチレンで被覆した普通のもしくはイソブチリデンウレアの粒状肥料に関するものであるが、本願発明の粒状肥料はかかる樹脂などで被覆したものでないから、樹脂などで被覆した肥料にあてはまることが、被覆のない肥料にあてはまるとは限らない。

被告は、引用例2は、「20メツシユ以上の大きさは、粒状緩効性窒素肥料としては普通に用いられる粒子径である」ことを示すために引用したものであるから、引用例2の引用は不当でないという。しかし、引用例1と同様に引用例2の引用部分(実施例1)は緩効性窒素肥料にのみ関するものであり、さらに、この引用部分は、緩効性窒素肥料であつても粒径調節による肥効調節が儘ならないから、一定の不透水性材料による被覆を試みているものと解される。このような特別な目的の被覆に最適な粒径が、2.4~2.8mmのように狭い範囲のものとして特別に選択されているのであるから、上記の引用部分の粒径が普通に用いられる粒径であるというのは当たらないことは明白である。このような特殊な例をもつて、本願発明における核としての粒径が引用例2の引用部分から自明であるとする被告の主張は、依然として不当である。

(3)  引用例3について。

引用例3は、酸性を有しない有機液体又はこれらに樹脂タールあるいはピツチを含有させたものを噴霧して表面を濡らした粒状複合肥料の表面に微粉末状のく溶性微量肥効成分を付着させたものであるが、本願発明の粒状肥料は核の肥料が異なるほか、非透水材料で膜をつくらせるように処理を必要とするものでない点でも、また、付着させる肥効成分が水溶性速効性のもので、く溶性のものでない等、多くの違いがあるので本願発明の引用例としては全く不適当なものである。

被告は、「粒状肥料の粒子表面をそれとは種類の異なる肥効成分によつて被覆して二重構造の粒状肥料とする」ことは、本願発明の特許出願前にすでに知られていたことを示すために引用したものであるから、引用例3の引用は不当でないという。しかし、引用例3の内容は、上記の目的に適合しないから、被告の主張は依然として不当である。引用例3の肥料は、他の肥料成分によつて被覆されていないし、二重構造でもない。すなわち、引用例3の特許請求の範囲の記載によると、「粒状複合肥料に……有機液体……を噴霧してその表面を濡らし、ついで微粉末状のく溶性微量肥効成分を付着させることを特徴とするく溶性微量肥効成分を被覆させた粒状複合肥料……」とあるところ、被告は、審決がく溶性微量肥効成分が他の肥効成分であること及び「被覆させた」という語の存在に基づいて引用例3を引用したことを上記の主張の根拠としていると考えられる。しかしながら、引用例3の実施例を含む発明の詳細な説明によると、引用例3の発明には被覆工程及び被覆肥料は実体的に存在せず、代りに付着工程及び付着された肥料が存在するだけである。なぜなら、引用例3において粒状複合肥料に微量要素(粉末)を付加する工程では、両者の量的バランスからして後者で前者を被覆することは物理的に不可能であり(実施例参照)、必然的に、前者を噴霧剤で濡らしてのち後者を付着させることになる。この結果、微量要素付着粒状肥料は得られるが、被覆粒状肥料は得られない。「被覆」の語義は一般に「包むように全体にかぶせること」であつて、「付着」とは全く異なる。この語義は、肥料製造技術についても全く同じである。また、「二重」の語義は、「同じようなものが二つ重なること」であつて、「微量成分をその表面に微量付着せしめたにすぎない粒状肥料」が「二重構造」を有するとはいえないことも明白である。以上のように、引用例3の技術内容を正しく把握するならば、そこには実体的に「被覆」も「二重構造」も存在しないのであるから、被告の右主張によつても引用例3の引用が不当である事実は変らない。

2 本願発明における顕著な作用効果の看過

審決は、本願発明における顕著な作用効果を看過し、ひいては、本願発明の進歩性についての判断を誤つたものである。

(1)  本願発明の作用効果

本願発明は、

(1) 肥料として最も大切な作物の収穫を与えることが他の肥料と較べてすぐれていること。そして、これは予想外の効果であること。

(2) 水溶性速効性成分による被覆が核の遅効性成分の肥効を最大の効果を与えるように調節するので作物の成長の初期、中期、後期の長期間にわたつて経時的に肥効を持続させ調節させうること。

(3) これが省力にもつらなること。

等の顕著な作用効果を有するものである。

そして、本願発明の作用効果のうち審決が特別顕著なものでないとした点について、さらに詳細に説明すると、本願発明の明細書に添付されている図面のうち第4図に示されている曲線Aは8~14メツシユに篩別したクロチリデンジウレア(OMUP・CDUともいう。)を核とした5~10メツシユの本願発明の粒状肥料の分解無機化経過を、Bは10~20メツシユに篩別したOMUPを核とした本願発明の粒状肥料の分解無機化経過を示し、等5図はOMUPの代りにイソブチリデンシウレア(IBDU)入りの本願発明による複合粒状肥料の分解無機化経過を曲線Aで示し、従来のIBDU入り複合肥料のそれを曲線Cで示しているが、第4図から核の粒度によつて肥効の調節が可能なことが示され、また、第4図のAB(第5図ではA)の本願発明の粒状複合肥料が従来の緩効性複合肥料すなわち第1図に示されるCDUの粉を水溶性速効性成分と混合造粒した製品であるABよりも分解無機化が遅く第2図に示されるOMUP単味のものの粒状品であるA1A2Bより分解無機化が早く肥料として好ましい傾向の略直線的経過を示している。さらに、肥料として最も重要な実際の作物の収穫に対する効果として、第2表小松菜に対するポツト試験で4作までの合計で本願発明の粒状肥料が高い指数ですぐれた結果を示しており、しかも、OMUP複合燐加安S555やIBDU複合肥料(これらの複合肥料はいずれも粒状品である。)の値よりも本願発明品が高い指数を示すことは、速効性肥料を粒全体に混合させるより、表面に被覆させたものの方が遙かに有効であるという予想外の結果を与えている。

(2)  本願発明の目的把握に関する被告の誤り。

被告は、本願発明の目的を、「ⅰ従来の緩効性複合肥料に較べて肥効をより一層緩効化したこと、及びⅱ緩効性複合肥料の肥効期間を調節できるようにしたこと」にあると把握し、これらの把握に基づいて、上記ⅰの点につき、本願発明の緩効性複合肥料は、本願発明の特許出願前の公知の緩効性複合肥料に較べてその緩効化の点で格別すぐれたものではなく、単一成分の緩効性窒素肥料と較べてその緩効化の点で劣るとし、上記ⅱの点につき、引用例1から当業者が容易に予測しうる程度の効果にすぎないとの結論に導いている。しかし、これらの目的把握は本願発明の高度性についての理解が不十分であることによるものであり、本願発明の究極の最大目的である、ⅲ緩効性複合肥料として最高の肥効を有する肥料を提供するという目的を無視しているから、上記の目的把握に基づいて得られた結論もいうまでもなく不当なものである。

すなわち、肥効の緩効化を字義どおりにのみ解すれば、肥効がよりゆるやかに有効になるということである。しかしながら、緩効性窒素肥料にかかる発明は、すべて、作物の生育に速効性肥料よりより良く適合して肥効を発現させるという技術目的を持つているものであり、その際、緩効性窒素入り複合肥料と単一成分の肥料の緩効性窒素肥料の比較を、単にそれらにおける緩効性窒素肥料の無機化速度のみで比較すべきでないことは明白であり、栽培試験の結果をも併せて比較検討しなければならないものであるからである。しかるに、審決及び被告の主張においては、肥効の測定一つの尺度でしかない緩効性窒素部分の無機化速度のみを優劣の指標としている観があり、肥料として最も大切な栽培試験にかかる実施例の記述及び実施例を補足説明する上申書(甲第3号証の9)の内容を無視している。以上のように、被告の主張は、本願発明の究極の目的である「緩効性窒素入り複合肥料の肥効の一層の改善」という目的把握を怠つていることは明らかである。

(3)  作用効果に関する被告の主張に対する反論

(1) 前記(2)のⅰの効果について。

被告は、本願発明の明細書添付図面第5図のA(本願発明の肥料)とB(特公昭46―24049号公報に記載の肥料)について緩効化の程度を示す無機化率が施用時の全期間についてほとんど差異がないから、本願発明の緩効性複合肥料は、公知の緩効性肥料に較べて、緩効化において、格別にすぐれているとはいえないと結論している。しかし、この検討方法は次の点において誤つており、したがつて、その結論も誤つている。被告は、前記第5図に試料Bの無機化率が記載された目的を誤解している。特公昭46―24049号の肥料は、緩効性複合肥料ではあるが、水中での崩壊を防止しているもので、その故に該肥料の畑状態での窒素分無機化速度は、他の公知の緩効性複合肥料と比較して著しく遅くなる可能性の極めて大きい肥料である。そして、水中崩壊防止のため該肥料に使用できる速効性肥効成分の種類及び割合が限定されている。本願発明の明細書及び添付図面に特公昭46―24049号の肥料の無機化速度を示した目的は、本願発明の肥料の無機化速度が遅くなつていることを実証するためである。であるから、試料Aと試料Bの無機化率にほとんど差異がないという事実は、上記の被告の結論とは反対に試料Aの肥料の無機化速度が公知の緩効性肥料(註 試料C)に較べて好ましい程度まで遅くされた事実を確認したことを示すものである。

また、被告は、本願発明の願書添付図面第2図と同第4図及びこれらに対応する本願発明の明細書中の記載(第7頁第3ないし第16行及び第11頁第13行ないし第12頁第2行の記載)から本願発明の緩効性複合肥料は、対応する単一成分の緩効性窒素肥料に較べてその無機化率が施用時の全期間にわたつて高いから、本願発明の緩効性複合肥料は、対応する単一成分の緩効性窒素肥料に較べて緩効化の点において劣つている旨結論している。しかし、この検討方法は次の点において誤つており、したがつてその結論も誤つている。被告は、前記第2図、第4図及びそれらにかかる明細書の前記記述が記載された目的を曲解している。第2図は、第1図の肥料(種々の粉末粒度のOMUP入り複合肥料)と単独の緩効性窒素肥料とを比較して、それぞれにおける粒度効果を検討したものであり(同第7頁第11行ないし第8頁第1行)、また一方、第4図は第1図と比較して本願発明の緩効性複合肥料の分解、無機化速度の改善の程度を検討したものである(同第11頁第13行ないし第12頁第7行)。ところが、被告の上記主張は、施行方法及び機能の異なる緩効性窒素肥料と緩効性複合肥料とを肥効面で(註 緩効化とは肥効の一面であり、無機化速度とは異なる。)比較しようというのであるから、明らかに本願発明の明細書の前記の趣旨を曲解している。以上のように、本願発明の効果を評価するために本願発明の願書に添付された第2図と第4図を比較することは意味がなく、被告の上記主張は理由がないものである。

なお、被告は、前記第2図と第4図を比較することはなんら不当でない旨主張し、その理由として、上記第2図及び第4図とは直接の関連のない本願発明の明細書の実施例6(栽培試験)を引用し、本願発明にかかる肥料の複合肥料としての効果は第1作目のみで、第2作目以降は燐及びカリ成分を追肥しているから、第4図の本願発明にかかる複合肥料中の緩効性窒素分の分解速度を第2図の単一成分(CDUのみ)の肥料の緩効性窒素分の分解速度と比較しても、なんら不当ではないと主張しているが、この被告の主張も、以下に述べるように不当なものである。

第1に、上記の追肥方法は、比較しようとするものの両方に同じように追肥して試験する方法であり、短期間に収穫をくり返す作物を栽培する場合に限らず通常の肥効試験においても、他の肥料成分の著しい不況状態での比較にならないように普通に行われる方法であつて、この分野における技術常識である。

第2に、緩効性窒素肥料の単なる土壌中の分解の遅速を栽培技術を伴う栽培試験の方法と結びつけて収穫量の多寡と窒素の無機化とを同義と考えることは、実験事実の考察方法として適切とはいえない。適切な考察方法は、無機化の遅速が栽培試験においても同様の傾向で収穫量の多少として現われるか否かを実験結果に照して判断することである。被告の主張は、肥効試験も無機化試験も緩効性窒素肥料の分解速度を問題とする点で同じという独断的な基本態度に立脚していると思われるが、これは本願発明の技術思想を正しく把握しているとはいえないのである。

(2) 前記(2)のⅱの効果について。

被告は、本願発明の前記(2)のⅱの効果すなわち緩効性複合肥料の肥効期間を調節できるようにしたことは、引用例1の「緩効性窒素肥料は、粒径による肥効調節がしやすい」という技術開示から当業者に容易に予測しうる程度の効果にすぎない旨断定しているが、この断定の基礎となる技術認識に誤りがあるから、この断定も誤つている。

第1に、引用例1の開示は、単一成分の緩効性窒素肥料に関するものであり、緩効性窒素入り複合肥料に関するものではない。後者が粒径による肥効調節が困難なことは、本願発明の願書に添付された第1図が明らかにしている(すなわち、粒径を変えても余り無機化率が変つていないことがうかがわれる。)。結局、引用例1は、本願発明の構成はおろか本願発明の技術課題すら示していない。第2に、引用例1の開示は緩効性窒素入り複合肥料において緩効性窒素肥料を核として使用するという技術思想の片鱗すら示していない。このように全く構成の異なる引用例1の効果が本願発明の効果を予測させるということはありえないことである。第3に、引用例1の開示は緩効性窒素肥料を核として一定の二重構造にすることについての開示は全くない。引用例3についても同様である。したがつて、引用例1と本願発明の肥効を比較すること自体不適切であり、引用例1には本願発明の効果の顕著性を否定する根拠は何もない。

また、被告が補足的根拠として主張するa本願発明の複合肥料の肥効期間の調節が専ら粒径でなされているとの点及びb緩効化の効果が複合化よりむしろ核の緩効性窒素肥料によつてもたらされているとの点については、本願発明の願書に添付された第1図から明らかなように、複合肥料の場合粒径によつて緩効化及び緩効化の調節をはかることは困難であるが、本願発明は、「二重構造にすること」と「粒径調節すること」の両方によつて困難を排除し目的を達成せしめているものであり、引用例1の開示した技術思想の単なる延長ではないから、被告の上記主張は本願発明の進歩性を否定する根拠にはなりえないものである。そして、前記のとおり、引用例1自体が本願発明の効果を予測させる根拠になりえないのであるから、引用例1と全く構成の異なる本願発明にかかる肥料の前記(2)のⅰ及びⅱの効果が引用例1の開示を確認しもしくは強化する根拠となりえないことは明白である。

(3) 前記(2)のⅲの効果について。

本願発明にかかる肥料も、肥料である以上、字義の示すとおり作物の良好な生育と増収をはかるという技術目的を基本的に有することは、たとえ明細書に発明の目的としてことさら記述がなくても当然のことであるから、緩効性窒素肥料の発明目的を明細書の発明の目的とその目的に対応する効果が明文で記載されたものに限定すべき旨の被告の主張は妥当とはいえない。まして、本願発明は肥料に関するものであり、その明細書に一層の増収という効果が明確に記載されている(実施例6参照)から、その発明にはその効果に対応する目的が含まれていると主張することは、当然のことで何ら不当なことではない。

因に、被告は、引用例1に緩効性肥料の多面的技術目的が記載されていると主張しているが、そこに示されている一次的な目的効果は、速効性肥料よりも緩効的に肥効を発現させて永続させうるということであり、この同一の効果を二次的に施肥技術上からとらえた結果が示されているだけである。

第三請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実は認める。

2  審決を取り消すべきものとする同4の主張は争う。原告主張の審決取消事由は、後記のとおり、いずれも理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点はない。

1 本願発明と各引用例との相違点の看過の主張に対して。

(1)  引用例1について。

引用例1は、当該引用例に「難溶性物質は一般に肥効は緩効的であるが、粉末状では分解が早すぎる。土壌中で安定な粒状品とすることによつて、肥効を大幅に調節することができる」旨及び「ウレアホルム、IB及びCDUなどの加水分解型の緩効性窒素肥料は粒径による肥効調節がしやすい」旨の記載があることから、「肥効を調節する目的で難溶性緩効性窒素肥料を粒子の形態にすることは本願発明の特許出願前にすでに公知であつた」ことを示すため引用したものであり、この点でなんら不当なものではない。

(2)  引用例2について。

引用例2は、当該引用例に「粒径2.4~2.8ミリの粒状緩効性窒素肥料」が記載されていることをもつて、「20メシシユ以上の大きさは、粒状緩効性窒素肥料としては普通に用いられる粒子径である」ことを示すために引用したものであり、なんら不当なものではない。

(3)  引用例3について。

引用例3は、当該引用例に「粒状複合肥料の粒子表面を微粉末状のく溶性微量肥効成分によつて被覆した粒状肥料」が記載されていることから、「粒状肥料の粒子表面をそれとは種類の異なる肥効成分によつて被覆して二重構造の粒状肥料とする」ことは、本願発明の特許出願前にすでに知られていたことを示すために引用したものであるから、この点でなんら不当なものではない。

2 本願発明の作用効果の看過の主張に対して。

本願発明の奏する効果は、つぎのとおり、格別顕著なものではない。

(1)  明細書記載の本願発明の効果

本願発明の明細書の記載、特に第8頁第11行ないし第9頁第19行の「本発明は以上のような技術思想をもとに従来の緩効性複合肥料より一層の緩効化されたものを得ることを目的とするものである。……かくして、複合肥料中に粉末の緩効性窒素肥料を均一に含有している従来の緩効性窒素入り複合肥料ではその粒度を変えても肥効の持続性を調節することは困難であつたが、同じ成分比であつても本発明の緩効性窒素肥料を核とする複合肥料中の緩効性肥料の分解は従来の複合肥料中のそれとは異なり、目的とする肥効に応じて調節されたものとなつているわけである。」の記載からみて、本願発明の効果は、ⅰ従来の緩効性複合肥料に較べて肥効をより一層緩効化したこと、及びⅱ緩効性複合肥料の肥効期間を調節できるようにしたこと、にあるものと認められる。

(2)  原告の主張事実2の(2)について。

原告は、緩効性窒素肥料にかかる発明は、すべて作物の生育に速効性肥料よりより良く適合して肥効を発現させるという技術目的を持つているものであり、さらに、栽培試験の結果を考慮すれば、本願発明には、緩効性窒素入り複合肥料の肥効の一層の改善という目的も存するものであるが、被告は、この本願発明の究極の目的の把握を怠つていると主張する。しかし、この原告の主張は、以下述べるように不当なものである。

原告の主張する緩効性窒素肥料の肥効の一層の改善とは、本願発明の明細書の実施例6(栽培試験)の結果から判断すると、作物に対する収穫量の一層の改善を意味するものと解されるから、原告の上記主張は、換言すると、被告は本願発明の目的である緩効性窒素入り複合肥料による作物に対する収穫量の一層の改善についての把握を怠つているということになる。

しかしながら、引用例1の第243頁右欄第14ないし第25行及び同第244頁下から第15ないし第8行に示されるように、緩効性窒素肥料には、省力化、農作業への便宜あるいは有機肥料の代替物といつた多面的な技術目的を有するものである。したがつて、かかる事実からすると、緩効性窒素入り複合肥料にかかる発明であるからといつて、原告が主張するように、直ちにその発明の目的に肥効の一層の改善、換言すると作物に対する収穫量の一層の改善という目的が必ず付随するものと短絡的に考えることは誤りであり、発明ごとに把握すべきものである。

そうしてみると、本願発明の目的及びその目的に対応する効果は、本願発明の明細書に記載されたところから把握すべきところ、本願発明の明細書の記載をみると、右明細書に本願発明の目的及びその目的に対応する効果として原告が認識し、開示しているところのものは、前記2の(1)の記載のとおり、ⅰ従来の緩効性複合肥料に較べて肥効をより一層緩効化したこと及びⅱ緩効性複合肥料の肥効期間を調節できるようにしたことのみであるから、右2の(1)記載のとおりに本願発明の目的及びその目的に対応する効果を把握したことは、なんら不当なものではない。

(3)  本願発明の作用効果

(1) 前記2の(1)のⅰの効果について。

本願発明にかかる緩効性複合肥料は、本願発明の特許出願前の公知の緩効性複合肥料に較べて、その緩効化の点で格別すぐれたものではない。すなわち、本願発明の願書に添付された図面の第5図は、本願発明の明細書中の記載(第12頁第9ないし末行)から、本願発明の肥料と従来の肥料との肥効の持続性(緩効化)を較べた結果を示すものであつて、Aは新らしいIBDU入り複合肥料(本願発明の肥料)であり、Bは特公昭46―24049号公報に記載された方法によつて製造されたIBDU入り複合肥料であり、Cは従来のIBDU入り複合肥料であるところ、AとBとは、緩効化の程度を示す無機化率が、施用時の全期間にわたつてほとんど差異はない。このことから、本願発明の緩効性複合肥料が、本願発明の特許出願前に公知の緩効性複合肥料に較べて、緩効化において格別にすぐれているものであるということはできない。

また、本願発明の緩効性複合肥料は、単一成分の緩効性窒素肥料と較べてその緩効化の点で劣つている。すなわち、本願発明の願書に添付された図面の第2図及び第4図は、本願発明の明細書中の記載(第7頁第3行ないし第16行及び第11頁第13行ないし第12頁第2行の記載)から、それぞれ緩効性複合肥料の微粉末または粒状品の土壌中における分解、無機化速度を示す図及び本願発明の複合肥料の土壌中における分解、無機化速度を示す図であるところ、両図から、緩効性窒素肥料の粒子の大きさが同一の場合、本願発明の緩効性複合肥料は、対応する単一成分の緩効性窒素肥料に較べて、その無機化率が施用時の全期間にわたつて高い。この事実は、本願発明の緩効性複合肥料が対応する単一成分の緩効性窒素肥料に較べて緩効化の点において劣つていることを示すものである。

原告は、本願発明の効果を本願発明の願書添付の第2図と同第4図を比較して論ずることは意味がないと主張するが、本願発明にかかる肥料の作物に対する施用の態様についてみると、本願発明の明細書の実施例6(栽培試験)によれば、本願発明にかかる肥料は、第2作目以降については、核となる緩効性窒素肥料に基づく窒素成分を除き、二重構造の複合肥料を構成する燐及びカリ成分を各作ごとに速効性肥料成分として追肥している。したがつて、この実施例6の栽培試験の結果から判断すると、本願発明にかかる肥料の二重構造に基づく複合肥料の効果は第1作目のみで、第2作目以降における本願発明にかかる肥料の肥料効果は、複合肥料としてでなく、本願発明にかかる肥料を構成する核そのものである単一成分の緩効性窒素肥料の肥料効果そのものとみられる。そうしてみると、本願発明にかかる肥料の二重構造に基づく複合肥料としての効果は短時間で、本願発明にかかる肥料の緩効化という効果は、複合肥料としてよりむしろ核を構成する単一成分である緩効性窒素肥料に基づく効果そのものと解せられるので、本願発明にかかる肥料の緩効化という効果の比較の対象としてその核を構成する緩効性窒素肥料と同一成分である単一成分の緩効性窒素肥料を選択することすなわち第2図と第4図とを比較することは、なんら不当なものではない。

(2) 前記2の(1)のⅱの効果について。

本願発明の前記2の(1)のⅱの効果は、明細書の記載からみて、緩効性複合肥料の核となる粒状緩効性窒素肥料の、その粒子の大きさを変えることにより得られるものであると推測されるから、この効果は、引用例1に「緩効性窒素肥料は、粒径による肥効調節がしやすい。」という技術開示がある以上、この公知事実から当業者が容易に予測しうる程度の効果にすぎないものである。

原告は、被告が緩効性複合肥料の肥効期間を調節できるようにしたという本願発明の効果を引用例1の「緩効性窒素肥料は粒径による肥効調節がしやすい」という技術開示から当業者が予測しうる程度にすぎない旨断定したことは、この断定の基礎となる技術認識に誤りがあるから、誤りであると主張しているが、本願発明にかかる肥料の二重構造に基づく複合肥料としての効果は、きわめて短時間なもので、本願発明にかかる肥料の緩効化という効果は、複合肥料に基づくものというよりむしろ核を構成する単一成分である緩効性窒素肥料によつてもたらされるものであることは、前主張のとおりであり、しかも、本願発明にかかる肥料の肥効期間の調節が専ら核となる緩効性窒素肥料の粒径の調節によつてなされていることをあわせ考えると、引用例1に「緩効性窒素肥料は粒径による肥効調節がしやすい」という技術開示がある以上、この公知事実から本願発明の緩効性窒素入り複合肥料の核となる緩効性窒素肥料の粒径を変えその複合肥料の肥効期間を調節することは当業者が容易に予測しうる程度のものであり、原告の主張は誤つている。

第4証拠関係

当事者双方の書証の提出及びその認否は、訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

1 本願発明の目的、構成及び作用効果

前記争いのない本願発明の要旨にいずれもその成立について争いのない甲第3号証の7、8及び14、同第5号証並びに同第7号証の各記載をあわせ考えれば、つぎの事実が認められる。

すなわち、従来から、作物の生育にも合致するように窒素分を徐々に供給するための緩効性窒素肥料として、難溶性窒素肥料が使用されていたが、難溶性窒素肥料でも、これを粉末のような粒度の小さいものにすると分解・無機化が速すぎて速効性のものと変らないため、粉末状の難溶性窒素肥料を速効性窒素肥料と一諸に固めて粒状にしたものを施用することが行われたけれども、これも、耕地の水分の量などにより、その粒が崩壊して粉末状のものと同じになることがあり、肥効持続時間の調節をすることは困難であつた。また、難溶性窒素肥料を過燐酸石灰などの他の肥料と混合して硬度の高いものとする方法も採られたが、これには、原料の制約、肥効の成分比の範囲などに問題があつた。さらに、難溶性窒素肥料とその他の肥料とを合せて粒状にしたものを水に難溶性の物質で処理すること(甲第5号証)なども行われてきた。

本願発明は、上記のような事情のもとで、難溶性緩効性窒素肥料を用いた複合肥料の肥効を、従来のものに比べて長時間持続させるとともに、その肥効持続時間の調節を可能とすることによつて、収穫量の増大をも含む肥料の特性の向上をはかることを目的として、前記本願発明の要旨にあるとおり、「20メツシユより大きい難溶性緩効性窒素肥料の粒子を核とし、そのまわりに水溶性速効性肥料成分を被覆形成する」という構成をとつたものである。そして、本願発明にかかる肥料は、上記の構成をとることにより、例えば、小松菜のポツト試験において標準的な肥料に比して31~44%収穫量が向上し、従来の複合肥料に対しても肥効持続期間が改善されるという作用効果を奏することができたものである。

以上のとおり認められるところ、被告は、まず、緩効性窒素肥料には省力化、農作業への便宜あるいは有機肥料の代替物というように多面的な技術目的があり、一方、本願発明の明細書には肥効の緩効化及び肥効期間の調節以外の目的が明記されていないことを理由として、収穫量の増大が本願発明の特に目的とするところではない旨主張するが、なるほど、前記甲第3号証の8によれば、本願発明の明細書に収穫量の増大がその目的として明記されていないことは認められるが、そこには、前認定のとおり肥効時間の持続及びその調節が目的として明記されているところ、これらの目的は、被告のいう多面的な技術目的のうちでも特に収穫量の増大に結びつくものということができるばかりでなく、同号証の8に記載された本願発明の実施例6には収穫量を掲げて本願発明の効果を示しているのであるから、明細書に明記されていなくても、収穫量の増大を本願発明の目的に含まれるとするに妨げはないものというべきであり、被告の上記主張は採用できない。

また、被告は、本願発明の願書に添付された各図面につき、これらは本願発明にかかる肥料の緩効性が従前のものよりもすぐれていることを示すものでない旨主張し、さらに、本願発明の明細書の実施例6では追肥をしているので、同実施例は本願発明の被覆構成による効果を示すものではない旨主張するが、前記甲第3号証の8及び同第8号証の1ないし4並びに弁論の全趣旨によれば、上記各図面の意味するところ及び上記追肥が通常の試験方法として妥当なものであることは、原告主張(請求の原因4の2の(3)の(1))のとおりとみるのが相当であるから、被告の上記各主張は理由がないものといわなければならない。

2 各引用例記載の発明及び本願発明との対比について。

(1)  引用例1について。

成立について争いのない第4号証によれば、引用例1には、緩効性窒素肥料について、「難溶性物質は、一般に肥効は緩効的であるが、粉末状では分解が早すぎる。土壌中で安定な粒状品とすることによつて、肥効を大幅に調節することができる。」「加水分解型の緩効性窒素肥料は難溶性物質で、粒径による肥効調節がしやす(い)」との各記載があるが、そこには具体的な粒径の記載はないことが認められる。

引用例1の右各記載によれば、本願発明にかかる複合肥料の核をなす難溶性緩効性窒素肥料について、これをそれ自体粒状とすることにより、緩効化及び肥効期間の調節をはかることは、当業者にとつて容易に推考できるものと一応考えられる。

しかしながら、もともと、一般に物質の溶媒に対する溶解が粒径の大きくなるほど時間がかかることは当裁判所に顕著な事項であり、本願発明にかかる複合肥料の核を構成する難溶性緩効性窒素肥料についても同様であることは自明というべきところであるから、問題は、むしろ粒状品とすることにより、どの程度まで窒素肥料の緩効化ができるかという点にあるべきとみるべきものであり、また、粒状品とした場合にある程度以上の粒径のものとすれば、施肥当初にはその無機化が極端に遅く作物に適当な窒素分の供給ができないことも考えられ、その粒径には一定の制限があるものといわなければならないから、引用例1の上記各記載のみでは、本願発明にかかる難溶性緩効性窒素肥料の核におけるような(20メツシユ以上の)粒状品をただちに推考できるとすることは困難とみるべきである。

(2)  引用例2について。

成立について争いのない甲第5号証によれば、引用例2は、緩効性窒素肥料と他の肥料とを配合して粒状にした緩効性複合肥料が崩壊しやすいため、これに水に難溶な石油ワツクスと低分子量ポリエチレンとの共融液を浸透させ固化したものであり、実施例として粒径2.4~4.8ミリメートルのものが示されていることが認められる。

しかしながら、上記のような構造とした緩効性窒素肥料において粒径を上記の範囲としたものが緩効性窒素肥料として有効であるとしても、それとは無機化の機序等が当然異なるものとみられる被覆構造をもつ本願発明のものは勿論、難溶性窒素肥料それ自体の粒状品についても、上記の範囲の粒径のものが緩効性窒素肥料として有効であるとは、必ずしもいうことができない。

(3)  引用例3について。

成立について争いのない甲第6号証によれば、引用例3は、窒素等の主要肥料成分に対し微量だけ必要とされる肥効成分を過不足なく施用できるように、その微量の肥効成分をく溶性とし、主要成分によつて作られた粒状物をタールなどで濡らしたうえ、上記く溶性肥効成分の微粉末を粒の表面に付着させることによつて、主要肥料成分に対して適当な量の微量肥効成分を含んだ複合肥料としたものであり、その実施例1として、2キログラムの粒状複合肥料に対して50グラムの微量肥効成分を用いるものが示されていることが認められる。

上記認定の事実によれば、上記実施例の場合、粒径が2ミリメートルとしても被覆の厚さは10ミクロン程度となり、被覆成分がきわめて微粉末である325メツシユ以下(43ミクロン径以下)のものであるとしても、複合粒状肥料の表面に微粉末が部分的に付着しているという状態であるものと考えられる。(これに対し、前記甲第3号証の8により認められる本願発明の実施例1では、造成された2ミリメートル径の複合肥料は、約0.3ミリメートルの被覆層を有していると認められる。)そして、このことと前認定の引用例3の目的とをあわせ考えれば、引用例3には、被告主張のように、「粒状肥料の粒子表面をそれとは種類の異なる肥効成分で被覆して二重構造の粒状肥料とする」ことが開示されているといえなくはないとしても、このことから、難溶性緩効性窒素肥料の緩効化と肥効期間の調節をはかるために、本願発明のような被覆構造とすることが容易に推考できるとは、必ずしも即断できないところといわなければならない。

3  本願発明が推考容易かどうかについて。

以上によると、本願発明における前記構成が各引用例記載のものから必ずしも当業者により容易に推考発明しえたものとすることはできないばかりでなく、本願発明にかかる複合肥料が、従来の緩効性肥料に比し、前認定のとおり作用効果上相当な利点を有することをみれば、本願発明が各引用例から容易に発明することができたものとした審決の判断は、これを誤りとするほかない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 岩垂正起)

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